家にある仏壇にいつも水をお供えしている……という人は多いのではないでしょうか。
ただ、その意味について詳しく考えたことのある人はそれほど多くはないかもしれません。
今回は、「仏壇にお供えする水」の意味と考え方、お供えの方法、そして水以外にお供えするものについて解説していきます。
<「ご先祖様も喉が乾くだろうから」という意味ではない>
仏壇にお供えする水の意味として、「ご先祖様も喉が乾くだろうから」と思っている人もいるでしょう。
ご先祖様や仏様に思いをはせ、思いやって行うこのような行動や考え方は決して否定されるべきものではありませんが、仏教的な意味から考えると、「仏壇にお供えする水」は異なる意味を持つと考えるのが一般的です(※ただし、専門家のなかには「ご先祖様や仏様が乾かずにいられるように、とする意味も持つ」とみる人もいます。今回はさまざまなお寺の考え方に基づき、「基本的には『乾きを癒すためのもの』ではない」とする説を採用します)。
旅立たれたご先祖様がいる極楽浄土には、「乾き」はありません。仏教で読まれるお経の意味を見ていけばわかるのですが、極楽浄土には8つの功徳に満ちた泉があるとされています。この泉の功徳のうちの1つはきれいなもので、2つめは臭気がなく、3つめとして軽い口触りで、4つめとしてひんやりとして冷たく、5つめとして柔らか口触りであり、6つめは食味に優れた味わいであり、7つめは飲みやすさをたたえた水であり、そして最後のひとつとして安全性が担保されている水である……とされています。そしてこの泉が沸き上がっている底には金の砂が配置されていて、さらに泉は7つの宝石で彩られているとされています。
このようにして美しくおいしい水があふれ出る極楽浄土においては、「乾き」という概念がそもそも存在しないのです。そのため、基本的には「ご先祖様や仏様の渇きを癒すために、仏壇に水をお供えする」という考え方はしないわけです。
特に浄土真宗においては、仏壇にお供えする水は不要とされています。これは「極楽浄土にいるけれども、(乾きという苦しみを持っている)ご先祖様や仏様は満たされていないのだ」と考えることにもつながるとすることもあるからです。
水の第一の目的が「乾きを癒すため」であるのなら、それが必要とされない場面において、なぜ水をお供えするのでしょうか。
これは、水の持つもうひとつの意味によります。
水は昔から、「汚れを清めるためのもの」と考えられてきました。お寺であっても神社であっても、「手水を使って身(手)を清める」という工程が挟まれることがよくあります。自分の心身を清め、心静かにご先祖様や仏様に向かうことができるというわけです。またきれいで清浄な水は、浄土そのものを指すとする考え方もあります。加えて、仏壇にお供えする物は、「(今生きている)家族が、今日も飢えずに乾かずに過ごせていること」に感謝するという目的もあるとされています。
このように考えれば仏壇にお供えする水は、「ご先祖様や仏様のためのもの」という性質を否定しきれないものの、基本的には「生きている人のためのもの」「生きている人が身を清め、浄土を思うためにお供えするもの」と解釈することもできるのかもしれません。
なお今回は「仏壇」「仏教」をテーマとして解説していますが、神道においても水が用いられます。また、本来は必要とはされていないものの、現在では日本の風習になじむようなかたちで「枕飾り」が採用されるようになってきたキリスト教の葬儀においても、しばしば水が用いられることがあります。
「水を手向ける」という考え方は、宗教を問わず、比較的多くの人になじまれているものなのかもしれません。
<仏壇にお供えする水の考え方について~お茶をお供えしてもよいのか?>
「仏教において、仏壇にお供えする水の意味」について解説してきたところで、ここからは「仏壇にお供えする水のマナー」について解説していきます。
お供え物はそれぞれの心を表すものですから厳密なルールはありませんが、一般的には以下のように解釈されています。
・お供えするのは水でもお茶でも構わない
「水は人を清める効果がある」としましたが、現在ではお供えするものは水だけに限らずお茶でも良いとされています。また、片方だけをお供えしなければならないという決まりもなく、両方をお供えしても構いません。もちろん、日替わりでお供えしても構いません。なお両方をお供えする場合は、東側にお茶を、西側に水を置くのが良いとされています。これは「用意に手間がかかるお茶を、ブッダ(お釈迦様/ゴーダマ・シッダールタ)がいる東にささげる」というところからきているとされていますが、明確なルールというわけではありません。
・水の種類は水道水で構わない
お供えする水については、水道水で構いません。もちろんペットボトルに入った水でも構いません。お寺のなかには、「冷蔵庫で冷やされている現在のペットボトルの水は、8つの功徳である『きれいさ、臭気のなさ、軽やかさ、冷たさ、柔らかさ、おいしさ、飲みやすさ、安全性』のすべてを兼ね備えている」と考えるところもあります。
・お供えをするときの器はどんなもの?
仏壇にお供えする水は、「茶湯器」と呼ばれるものに入れます。小さな器ですが、形はさまざまです。また、「茶器」と呼ばれることもあります。名前こそ「茶」とついていますが、前述したように、お茶を入れても構いませんしお水を入れても構いません。
また、「故人が愛用していた湯飲み」「普段使いに使われるようなコップ」を使ってお供えすることも、決してマナー違反ではありません。
ただ、浄土真宗の場合は原則論として「茶湯器(やそれに類するもの)は使わない」としています。浄土真宗の場合は、樒などをお供えする「華瓶(けびょう)」に入れてお供えするという考え方をとります。「
仏壇にお供えする水は、ご先祖様や仏様の乾きを癒すことを主目的としているわけではないこと」はすでに述べた通りですが、浄土真宗においては特にこの考え方が一般的です。「仏壇にお供えする水は、香水のような意味を持つ、香りをささげるために使うものだ」と考えるからです。
・お供えし終わった水についてはどうする?
お供えし終わった後の水は、毎日仏壇から下げます。下げた後は、植木などにかけるとよいでしょう。
<仏壇にお供えする、水以外の物について>
ここまで「仏壇にお供えする水」について詳しく解説してきましたが、最後に、「仏壇にお供えする、水以外の物」について簡単に触れていきます。
1.お香
お香は、仏様にささげるものです。仏様が召し上がるものだという解釈や、此岸と彼岸を結ぶためのものだとする解釈があります。
2.花
花は、古今東西いずれであっても故人に捧げられてきたものです。白や黄色の花がよく選ばれますが、故人の愛した花や季節の花を選んでも良いでしょう。
3.ろうそく
ろうそくは、世を明るく照らす光の象徴だと考えられています。もちろん本物のろうそくでも良いのですが、現在は火災防止の観点から電気式のろうそくが選ばれることもあります。
4.飯
さまざまな解釈があるものの、白いご飯をお供えするのが一般的です。なお宗派によって多少盛り付け方が異なりますが、このあたりもそれほど厳密なものではありません。
この4つに水を加えたものが、「五供」と呼ばれています。
毎日仏壇に向かい合う際に、心と身をただしてお供えしたいものですね。