〔あおきの葬祭コラム〕第127回:宗派ごとに異なる「お経」、その意味と考え方について

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131回(前回)の記事では、お経そのものが持つ意味とその歴史についてみてきました。

今回は、その126回の記事のなかでも軽く触れた「宗派ごとのお経の違い」について解説していきます。

<在来仏教、それぞれの宗派が使うお経とその特徴>

宗派によってみられるお経の違いを、それぞれの宗派の宗教観とともに解説していきます。

・浄土宗

「ただ念仏を唱えさえすれば、人は救われるのだ」という思想を持つ浄土宗は、生活に余裕がなく寄進などが難しい民衆にとって大きな救いとなる宗派でした。

この浄土宗では、日本でもっとも有名なお経のうちの一つである「阿弥陀経」が読まれています。私たちがよく聞く、「南無阿弥陀仏」という言葉は、この阿弥陀経に含まれています。

また、これ以外にも、無量寿経などや観無量経などもよく読まれています。

浄土宗の唱える「往生即成仏(亡くなった人はすぐに浄土で仏になる)」という考え方は、お経にも表れています。阿弥陀経は浄土宗の経典のなかでももっとも多く読まれているもので、「人は阿弥陀様の名前を1日もしくは7日唱えるだけで、極楽に行けるのだ」と説いています。

・浄土真宗

浄土真宗でもまた、「阿弥陀経」がよく読まれています。それ以外に読まれているお経も、浄土宗との共通点が多いといえます。また、浄土真宗の開祖として知られる「正信偈(しょうしんげ)」は、葬儀の席のみならず、それ以外の席でもよく読まれます。

浄土真宗は阿弥陀仏をご本尊としますが、正信偈においては、「阿弥陀仏はこの世に存在するすべての人を救うためにこの世に生まれ落ちた」と説いています。また、正信偈の後半部分では、彼らの宗派の元となる教えを説いた高僧たちについて触れています。

・天台宗

天台宗では、「人は亡くなった後、身分の差・貧富の差・性別の差・年齢の差に関係なく、1つの乗り物に乗り合わせ、仏の世界にいざなわれる」という考え方を持ちます。このため、天台宗ではほかの宗派とは異なり、決まったご本尊というものがありません。ただ、よく祀られる存在として、釈迦如来や阿弥陀如来、大日如来などがあります。

天台宗では、観音経や般若心経がよく用いられます。また、妙法蓮華経の一部である「自我偈」もよく読まれます。なお自我偈には、「仏は人々を救うためにこの世に使わされた。仏自身ははるか昔に悟りを開いた尊い存在であり、仏の生命は今後尽きることはない。仏の名前は、釈迦牟尼仏である」という記述がみられます。

・真言宗

日本における代表的な在来仏教は6つですが、それぞれの宗派のなかでさらに細分化されていることもあります。真言宗はそのような、「細分化した宗派のうちのひとつ」です。そのため、真言宗のなかでもその教えについては多少の差が見られます。

ただ、それでも般若信経や理趣経は広く読まれています。

「仏に仕えるということは、一切合切の欲望を捨てること」「仏道に進むのであれば、自分の力で克服しなければならない」と考える人も多いかと思われますが、理趣経では煩悩の存在そのものは否定していません。この世にあるあらゆる存在は本来清らかなものであって、欲望もまたもともとは清らかなものだ、としています。欲望は菩薩によって清められるとする真言宗は、非常に特徴的な宗派だといえるでしょう。

また、真言宗では、いわゆる「印」を結んだり、古くから伝わる真言を唱えたりといった特徴も見られます。

・日蓮宗

日蓮上人を開祖とする日蓮宗は、「この世にすべての生き物は、仏の心を持っている」と考えています。御本尊として、日蓮上人が残した曼荼羅を仰ぎます。

日蓮宗が大切にしている経文は、「法華経」です。「法華経」という言葉に聞きなじみがない人であっても、「南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)」の言葉に聞き覚えがある人は多いのではないでしょうか。

すでに述べた通り、在来仏教の宗派は多くの場合、複数の経典を持ちます。しかし日蓮宗の場合は、基本的には法華経のみを中心とします。法華経では、「人はだれでも平等であること」を説くと同時に、「法華経よりも優れたお経はない」としています。

なお日蓮宗の葬儀などでは、いわゆる「鳴り物」と呼ばれる音のなる仏具をよく使います。ほかの宗派の葬儀のときと雰囲気がまったく異なり、日蓮宗の葬儀は非常に個性的です。

・臨済宗

「座禅によって悟りを得る」という考えを持つ臨済宗は、武士道との相性がよく、鎌倉時代~室町時代に彼らに深く信仰されました。

臨済宗のお経としては、「観音経」や「大悲心陀羅尼」、「般若心経」が有名です。ちなみに法事のときには、仏の徳の高さを讃えるための「開経偈(かいぎょうげ)」が読まれることが多いといえます。

「大悲心陀羅尼」は、その名称こそ悲しいもののように思われますが、その内容は「私たちが信仰する陀羅尼は、この世にあるあらゆる悪鬼羅刹に打ち勝ち、この世界を清める力がある」としています。そしてそのお経のなかでも、真言を唱えています。

なおこの「大悲心陀羅尼」は臨済宗のなかでもっとも読まれるの頻度が高いものです。

・曹洞宗

曹洞宗もまた、座禅を重要視する宗派です。曹洞宗では、座禅をして祈ることそのものが悟りを開いたものの姿であると考えています。なお臨済宗もまた座禅を重んじる宗派ですが、臨済宗では師から与えられた問題を考え続けることを基本とするのに対して、曹洞宗の場合は黙して語らずただ座禅を続けるという違いがあります。

また、日常生活の行動すべてを修行としてとらえているのが特徴です。

総徴収でも般若心経が用いられます。また、経典として「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」と「伝光録(でんこうろく)」がよく読まれます。

正法眼蔵は、曹洞宗の開祖が23年間をかけて記したものです。禅問答とそれに対する注釈によって成り立っていて、「人の今の人生は一度きりしかないのだから、今の人生を空虚に過ごすことがあってはいけない」などのように説きます。

ちなみに正法眼蔵は、開祖の死によって永遠の未完となりました。

<仏教のお経を覚える必要はあるのか~「お経を知ること」の意味とは>

ここまで、それぞれの宗派の特徴と、その宗派で使われているお経、またその意味について解説してきました。

これらのお経は、冠婚葬祭の「葬」にまつわるシーンでよく読まれたり、法事・法要、またほかの仏事において用いられたりする非常に重要なものです。

ただ、市井に生きる私たちが、このお経の本来の意味をしっかり理解しつくそうとしたり、お経の全文を暗記したりすることは非常に大変です。そのため、自らの意志でお経を学ぼうと強く思う人以外は、その全文を暗記する必要はないでしょう。現在は、必要なときは寺院側や葬儀会社側から、お経を書いた紙が配られるケースも多いからです。

もっとも、「その宗派はどのような考えを持っているか」「その宗派で読まれているお経にどのような意味があるのか」を前情報として知っておけば、仏事に対してより深く関わることができます。特に「葬儀」という大切な人を送る場面で読まれるお経については、その意味を知っておくと、より厳かでより深い気持ちで故人を見送ることができるようになるでしょう。またお経そのものが、残された人の救いとなるかもしれません。