仏教にはさまざまな行事があります。
今回はそのなかから、「十夜法要」を取り上げ、その意味や考え方、歴史などについて解説していきます。
<十夜法要とは主に浄土宗でみられる法会のこと>
「十夜法要」は、「じゅうやほうよう」と読みます。
十夜法要にはさまざまな別名があり、「十夜講」「十夜念仏」「お十夜(御十夜)」「十夜会」などと呼ばれることもあります。また、「十夜法要はあくまで略語であって、正式には十日十夜法要、あるいは十日十夜別時念仏会である」とする説もあります。(ここでは「十夜法要」に統一します)。
仏教にはさまざまな宗派がありますが、十夜法要は一般的に浄土宗の行事だと考えられています。しかし、「ほかの宗派ではまったくみられないか?」というとそうでもなく、真言宗のお寺などでも十夜法要に取り組んでいるところもあります。そのため、「基本的には浄土宗の行事ではあるが、ほかの宗派であっても十夜法要を行うところもある」と考えておくとよいでしょう(ここでは、特記しない限りは浄土宗の十夜法要について解説していきます)。
十夜法要は、その名前の通り、10日間にわたってずっと念仏を唱え続ける法会です。より正確にいうのであれば、「朝から晩まで読経をし続けることを、10日間もの間続ける法会である」となるでしょう。
この十夜法要は、旧暦の10月5日から15日までの期間行われています。現在では新暦を採用して、11月5日から11月15日までの期間で行うこともあります。秋の夜長を念仏を唱えて過ごす法会であり、浄土宗のお寺で広く行われています。
<十夜法要の歴史は今から600年ほども前、室町時代にまでさかのぼる>
十夜法要の歴史は、今から600年ほども前にさかのぼることができるといわれています。当時の将軍であった足利義教の時代に、彼の執権(室町時代の管領のこと。また、鎌倉時代において、将軍の補佐を務める役職のこと)にあたる伊勢守貞経という人物がいました。この伊勢守貞経には、「平貞国」という弟がいたのですが、この平貞国は政治の世界に入ることを良しとせず、世の儚さを思い仏門に入ることに決めます。
彼は京都にある真如堂(天台宗のお寺)にこもって3日3夜の間念仏を唱え、その後に髪の毛を落として俗世を捨てて仏に帰依しようと考えていたのです。
ただ、その最後の朝、平貞守は夢で僧侶と出会います。その僧侶は出家を決めていた平貞守に対して、「本当に阿弥陀様を信心しているのであれば、出家をしなくても構わないはずだ。出家は一時思いとどまりなさい」と説きました。それを聞いた平貞守は、一度家に戻ることにしました。
家に戻ってみると、驚いたことに、兄が幕府の意向に背いたということで謹慎を命じられていました。このままでは家督を継ぐ人がいなくなってしまい、お家が断絶することになってしまいます。一度は仏門に入ろうとしていた平貞守でしたが、周囲の説得を受けてこれを断念、家督を継ぐことになります。
「もしもあのときに家に戻ってこなかったのならば、お家は断絶してしまっただろう。阿弥陀様のおかげで、お家の断絶を免れた」として、平貞守はいっそう信心を深くします。
そしてその感謝を示すために、真如堂に今一度こもり、今度は7日7夜の読経を行うことにしました。
このように、3日3夜+7日7夜の読経=10日10夜の読経が行われたということから、現在の「十夜法要(十日十夜法要)」の考えができたわけです。
ただこれが、このまま日本全国に根付いたわけではありません。
十夜法要の風習が広く広がっていくためには、それからさらに60年近くの時間を待たなければなりませんでした。
当時の天皇は、浄土真宗の鎌倉光明寺のお寺の第九世観誉祐崇上人(かんよゆうそうしょうにん)を呼びます。そこで観誉祐崇上人は、阿弥陀経の講義を行うことになりました。
これをもって、観誉祐崇上人の属していた鎌倉光明寺は「勅願寺」に位置付けられることになります。ちなみに「勅願寺」というのは寺の分類のひとつであり、「国家を治めたり皇室の安全を祈願したりするために建てられたお寺(あるいはそれを目的として指定された既存のお寺)」を指す言葉です。
天皇は観誉祐崇上人を厚く信じ、敬いました。そしてそのような天皇の勅命を受け、観誉祐崇上人の属していた鎌倉光明寺で、翌年から十夜法要が行われるようになります。
天皇の信頼が厚い僧侶を有し、勅願時となった鎌倉光明寺が十夜法要を行い始めたことで、この「十夜法要」の考え方が広く浄土宗のお寺に浸透していくようになります。
なおこの背景としては、浄土宗において重要視される経典(無量寿経。むりょうじゅきょう)において、「娑婆世界で十日十夜の善き行いを積むことは、仏国土での千年の善き行いに勝る(=煩悩にあふれていて悪い行いもはびこっている現実の世界においてそれにも負けずに10日10夜の間善行を積むことは、誘惑がなく善人ばかりがいて善行を積みやすい仏の世界で1000年の間善行を積むことよりも勝る修行である)」とされていることも大きいとされています。
<現在の十夜法要について~何をする? 何を行う?>
ここからは、「それでは十夜法要では何を行うのか?」について解説していきます。
「十夜法要」といいますが、現在では本当に「10日10夜の間念仏を唱え続ける」というやり方がとられることはあまりありません。3日3夜に省略されることもありますすし、1日1夜にされることもあります。ちなみにこの場合、「始める日」を後ろ倒しにして、11月15日に終わらせるかたちをとることが多いようです。なお地域によっては旧暦の10月15日を最終日とする場合もありますし、お寺によっては12月に行うこともあるとされています。
「十夜法要に何をするか」は、お寺によって異なります。
たとえば露店が開かれるところもありますし、特別拝観などが行われるところもあります。また、「十夜粥」と呼ばれるおかゆがふるまわれることもあります。これはご本尊にお供えした後の小豆ご飯を使ったもので、魔よけの効果があるとされています。
参列者として参加する場合は、秋の実りに感謝する意味で新米を持ち寄るというケースもあります。また3000円~5000円ほどのお布施を納めたり、卒塔婆を出したりすることもあります。住職の法話が行われることも多く、地域やお寺によって特色が出ます。法会に参加する場合は正装が望ましいとされることもありますが、現在は「失礼にならない程度のきれいな恰好」で参加する人も多いようです。
ただし2021年8月末日現在は、新型コロナウイルス(COVID-19)の流行下にあります。このため、去年から「例年は行っていた十夜法要を見合わせる」「例年通りのやり方ではない方法で十夜法要を執り行う」「十夜法要を行いはするが、人数制限を設ける」としているお寺も多くみられます。このため、十夜法要に参加したいと考える場合は、必ず該当のお寺の最新の情報に接するようにしてください。
あまり宗教への帰属意識がない人にとって、十夜法要はそれほどなじみのないものかもしれません。
しかし仏教の催しや法要にはバックボーンと歴史があり、受け継いでいきたい逸話があります。普段はなかなか「仏教の修行」に向き合うことのできない「娑婆での生活」だからこそ、十夜法要のときに徳を積んでみてはいかがでしょうか。