〔あおき葬祭コラム〕第42回:端午:5月5日 菖蒲の節供

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「3月3日といえばお雛様、5月5日といえばこいのぼり」。

このように考えている人もいるのではないでしょうか。

今回はそんな、「5月5日の端午の節供」に注目して、これを解説していきます。

<端午の節供と5つの節供、そしてお正月について>

まず、端午の節供の歴史を紐解いていきましょう。

昔から日本には、「節供」という考え方があります。これは「節句」とも記されるもので、中国から伝わってきた考え方です(ここでは「節供」に統一します)。

節供とは、もともとは中国の唐にその端を発します。唐で使われていた暦のなかで、「季節の変わり目」とされているのがこの「節供」でした。節供には悪いものを払う効果があるとされており、宮中に代表される上流階級において、この節供をひとつの区切りとしてさまざまな催しものがひらかれていました。

1年の間に、「節供」は5回あります。

まず、1月7日の「人日の節供」です。現在でもこのタイミングで七草粥を食べるという風習がありますね。

そして次は3月3日の「上巳の節供」です。「じょうし」あるいは「じょうみ」と呼ばれるものです。現在ではこの日は「ひな祭り」「桃の節供」とされていて、特に女の子のためのお祝いやイベントと解釈されます。

3月3日の次に来るのが、今回取り上げる「端午の節供」です。これについては詳しくは後述しますが、「菖蒲(しょうぶ)の節供」」とも呼ばれています。日本ではゴールデンウィークの間にあるもので、「子どもの日」として親しまれています。

次にあるのが、夏の日に行う「七夕」です。これは「星祭」とも呼ばれています。彦星と織姫の年に1回の逢瀬を思う日であり、織姫の紡ぐ糸にみたてたそうめんなどがよく食べられます。なお、「笹の葉に願いを書けば叶えられる」とされていますが、この日に願うことは主に「芸事の上達」が望ましいとされており、「お金持ちになりたい」などは適さないと考えられています。

日本ではあまり知名度がないかもしれませんが、9月9日には「菊の節供」があります。「重陽」とも呼ばれるものであり、おめでたい日だとされています。このときには長生きや不老、そして家の繁栄などを願うべしとされ、菊の花を用いた料理などを出すのが基本です。菊の花は、仏教の花としても知られていますね。

これらの「5つの節供」に元旦の1月1日を加えて、「年に6日の特別な日」と解釈されてきました。現在でもこの考え方は息づいており、さまざまな世代が交流するためのひとつの機会となっています。

<端午の節供について詳しく見ていこう>

さて、ここからは上で取り上げた節供のひとつである「端午の節供」について取り上げていきます。

「端午の節供」といえば、日本では「子どもの日」だと解釈されています。しかしこの解釈は意外なほどに歴史が浅く、明確にこのように定められたのは、戦後の1948年のことです。このときの、「国民の祝日に関する法律」で、「子どもの日」として制定されました。なお、現在では「子どものための日」と解釈されますが、もともとは、「子どもの権利を重んじるとともに、その子どもを産んだ母親に感謝する日」とされています。しかし現在は、「母親に感謝する日=母の日」と考える人も多く、もともとの意味については知らない人も多くみられます。

「桃の節供が女の子のための日」とされているため、端午の節供は「子どもの日ではあるが、とりわけ男の子のための日」とよく考えられています。ただ、これも歴史を紐解くと、なかなか面白いことが分かります。

端午の節供につきものの「菖蒲」ですが、これには魔を払う効果があるとされています。この「魔を払うための儀式」はかつて、女性が行うものでした。女性は菖蒲でつくられた家に入ったり、菖蒲が入れられたお湯につかったりして身を清めたとされ、これが「端午の節供」の始まりだったとされています。このため、端午の節供の歴史の起源をたどれば、そこは「男の子」も「子ども」すらも出てこないということがわかります。つまり、端午の節供はもともとは女性のためのものだったわけです。

しかしこのような考え方は、やがて時代とともに変わっていきます。

端午の節供のときに使われていた「菖蒲」が「尚武」「勝負」と同じ響きを持つことから、徐々に雄々しさを旨とする男の子のお祭りであるとされていくのです。このような変遷は、平安時代に始まったともいわれています。ただ、「江戸時代に本格的に『男の子の日』とされるようになった」という説もあります。

猛々しさを感じさせるこの「端午の節供」は、武家社会と非常に相性が良かったといえます。また武家社会においては「世継ぎ」「家を継ぐ者」として男子(とりわけ長子)を重んじる傾向が強く、それが端午の節供と一致したともいえましょう。

このような時代の変遷に沿って行くかたちで、端午の節供は「男の子のための節供」と考えられるようになったといえます。そのためか、現在でも、女の子のみの家庭においては、こいのぼりや五月人形は用いない・買わないというところも多くみられます。

<端午の節供に使われるモチーフついて>

最後に、端午の節供に使われるモチーフのいわれなどについてみていきましょう。

【菖蒲】

上でも述べたように、菖蒲はもとから「端午の節供の植物」でした。紫色の美しい花を咲かせ、剣のようにとがった葉っぱを持ちます。この「剣のようにとがった葉っぱ」もまた、武家社会における武器の概念と通じるところがあったのかもしれません。

厄除けに使われる花ともされています。

【こいのぼり】

端午の節供の代名詞でもある「こいのぼり」ですが、これにもいわれがあります。

「登竜門」という言葉がありますが、これは「こい」に由来する言葉です。中国の言い伝えに、「黄河のはるか上流には、険しい激流がある。その激流を超えようと多くのこいが挑み、そして敗れるが、一部のこいはその激流を乗り越える。そして激流を乗り越えたこいは、竜になる」というものがあります。このためこいは立身出世の魚とされていて、端午の節供に飾られるようになりました。

加えて、こいはたくましい魚であるため、その生命力にあやかりたいという願いも込められています。

なお、こいのぼりの上につけられる「ふきながし」は5色で構成されていますが、これは中国の陰陽五行説に由来しています。青色は「木」を、赤色は「火」を、黄色は「土」を、白色は「金」を、黒色は「土」を表し、この世の根幹を示しているとされています。

【五月人形】

雄々しい鎧兜をまとった五月人形は、桃の節供のときに用いられるひな人形同様、昔は「子どもの身代わり」として使われていました。今よりもずっと子どもの他界率が高かった時代においては、子どもの災厄や病を代わりに担ってくれるものとして人形があったわけです。このため、基本的には五月人形はだれかに譲るものではないとされています。ただし、「父親の物を子どもが受け継ぐ」などは問題ありません。

【柏餅と粽】

柏は「新しい芽が芽吹くまで古い葉っぱが落ちない」という特徴を持ちます。このため、「古い葉っぱ(親)は、子ども(新しい芽)が出るまでは元気でいる」と解釈され、子孫繁栄・絶えない家系を願う人々に広く愛されました。

また粽は、災厄を避けるものであるとされており、これらを用いたお菓子類が食べられるようになりました。

昔から受け継がれてきたこれらの由来に思いをはせて、今年の端午の節供を迎えてみてはいかがでしょうか。