〔あおき葬祭コラム〕第17回:ブッダ(お釈迦さま)の生涯(1)

投稿日 カテゴリ おあきの葬祭コラム, ブッダの生涯


仏教の祖としてしられているブッダ(お釈迦さま)は、仏教徒のもっとも敬愛する人であり、また仏教徒を見守ってくださる存在でもあります。ブッダ(お釈迦さま)の教えや導きですくわれた人はあまたいますし、現在もブッダ(お釈迦さま)の教えや導きは多くの人を救い続けています。

世界に昔から存在する宗教のなかでも、ブッダ(お釈迦さま)のひらいた「仏教」は特に歴史が古く、世界各地に分散していった宗教でもあります。そのかたちや教えは時にかたちを変えたり解釈の違いを生み出したりしましたが、仏教全体の祖はこのブッダ(お釈迦さま)であることを疑う人はいません。仏教を語るときは必ずブッダ(お釈迦さま)の名前が出てきますし、すべての仏教徒の崇拝対象でありよすがとなる存在だといえます。

ブッダ(お釈迦さま)が亡くなってから何千年という長い時間が経ちましたが、それでも、ブッダ(お釈迦さま)の威光は尽きることはありません。またその功績から、ブッダ(お釈迦さま)の生涯などは今もきちんと記録されています。

あおきの葬祭コラムでは、このブッダ(お釈迦さま)の生涯を10回にわたって時代別に掲載していきます。

※なお現在では「ブッダ(お釈迦さま)」という表記がよくみられるようになったのでここでは基本的にこの名前を使っています。ただし、子どものころは「シッダールタ」と名付けられていましたし、現在でも「シッダールタ」「シッダッタ」などのように記されることも多いといえます。また、「ガウタマ・シッダールタ」などのように表記されることもあります。

ここでは特段の事情がない限り、「ブッダ(お釈迦さま)」に統一します。

<ブッダ(お釈迦さま)は紀元前のインドで王子として生まれた>

ブッダ(お釈迦さま)は、紀元前566年~紀元前486年ごろに生まれたとされています。この「80年の違い」は非常に大きいように思われますが、「紀元前5世紀前後」と記されることが多いようです。

ブッダ(お釈迦さま)の生まれ故郷はインド(ただし現在ではネパールに当たる場所)ですが、このころのインドはまだまだ不安定なものでした。統一王朝などは存在しておらず、数多くの(現代からみれば)小さな王国があちこちに分立していたのです。現在でも名前が残っているものとして、「コーサラ国」「マガダ国」などがあります。

ブッダ(お釈迦さま)が王家の出であることは耳にしたことがある……という人も多いのではないでしょうか。

ブッダ(お釈迦さま)は上記で挙げたような「数ある小国」のうちの1つである「シャーキャ族」の王子として生まれました。このシャーキャ族は、ヒマラヤ山脈のふもとにあるカプラヴァストゥを都とした小さな国であり、大きな国2つに挟まれて存在していました。

私たちが当たり前に使っている「お釈迦さま」「釈迦」という言葉は、この「シャーキャ族」からきています。シャーキャ族は、漢字で「釈迦族」とされているからです。

ブッダ(お釈迦さま)は、時の王であるシュッドダナー王(浄飯王・ジョウボンオウとも言われる)と、その王妃であるマーヤー妃(摩耶夫人・マヤブニン)の間の子どもとして生まれました。

ブッダ(お釈迦さま)は生まれた日も分かっており(もっともこの数字については、「はっきりしたものではない」とする説もあります)、4月8日に生を受けています。現在でもこの4月8日は「花まつり・灌仏会かんぶつえ」の日として大切にされています。

ブッダ(お釈迦さま)の出生に関するエピソードは非常に豊富です。どれもブッダ(お釈迦さま)の特別さを示すものとしてよく取りあげられますから、次からはそのエピソードについて取り上げましょう。

<ブッダ(お釈迦さま)の出生に関するさまざまなエピソード>

ブッダ(お釈迦さま)が生まれるときに起きたエピソードは、今も多くの人の注目を集めています。

いくつか紹介しましょう。

1.母であるマーヤー夫人のみた不思議な夢

ブッダ(お釈迦さま)の母であるマーヤー夫人は、ブッダ(お釈迦さま)をみごもる前に不思議な夢をみました。

それが、「天から舞い降りてきた白い象が、自身のお腹に入る」というものです。この夢をみたマーヤー夫人は夫であるシュッドダナー王に報告するとともに、学者にこの夢の意味を聞いたとされています。学者は「吉夢であり、近々すばらしい男児を身ごもられ、出産される」と告げたといいます。

この夢は、「降兜卒(ごうとそつ)」とも呼ばれています。

ブッダ(お釈迦さま)はこの世に生を受けるより前に、兜率天(とそつてん)という場所に住んでいて、菩薩として修業をしていたとされています。なおここで言う「菩薩」とは、「さとりを追求する人」の意味です。

そしてこの兜率天からマーヤー夫人のいる閻浮提(えんぶだい。この世のこと)に白い象として降りてきたのがこの夢だとされているのです。なお、白い象は6本の牙を持っていたともいわれており、かつお腹に入ったのはマーヤー夫人の右わきからだったとされています。

2.生まれるときには甘露が降り注いだ

ブッダ(お釈迦さま)は、ルンビニー園と呼ばれるところで生を受けたとされています。これはカピラ城の東にあるところで、この季節はとてもたくさんの桃がついていたとされています。また、マメ科に分類されるムユウジュ(無憂樹、無憂華、アソッカ、シノニムなどとも呼ばれる)も咲き誇っていたとされています。このムユウジュの下にマーヤー夫人が足を運んだところ、ブッダ(お釈迦さま)が生まれ落ちたのです。なおこのときのエピソードとして、「マーヤー夫人は右わきからブッダ(お釈迦さま)を生んだ」とするものもあります。

そのときには空から甘い水滴が降り注いだとされています。

なおブッダ(お釈迦さま)が生まれ落ちた「ムユウジュ」は、仏教においては非常に重要な木であるとされています。印度菩提樹(インドボダイジュ。単純に「ボダイジュ」とされることもある)や沙羅双樹(サラソウジュ。平家物語の冒頭部分に出てくる木としても有名)とともに、「仏教三大聖樹」として大切にされています。

なおムユウジュはブッダ(お釈迦さま)が生まれたときにあった木ですが、印度菩提樹はブッダ(お釈迦さま)が悟りを開いたときにあった木、そして沙羅双樹はブッダ(お釈迦さま)が入滅したときにあった木です。

3.現在に繋がる「天上天下唯我独尊」の言葉とその意味

ブッダ(お釈迦さま)の出生のエピソードのなかでも比較的よく知られているのが、「天上天下唯我独尊」にまつわるものでしょう。

生まれ落ちたブッダ(お釈迦さま)はすぐに7歩歩き、左手で地面を指し、右手で天を指したとされています。そしてすぐに、「天上天下唯我独尊」と語ったのです。

この「7歩」とは、「迷いを超えたこと」を表す数字です。

また現在でこそ「自分が偉い、自分のみが尊い」と曲解されていますが、これは正しい解釈ではありません。

「天上天下に自分という存在はたった1人であり、ほかのだれにも代わることができない。また、何ひとつ加えることも必要とせず、ただいのちはいのちであるがゆえに尊い」という意味です。

このように、ブッダ(お釈迦さま)には生まれる前~生まれた直後にいたるまでさまざまなエピソードがあります。

なお、マーヤー夫人はブッダ(お釈迦さま)を生んだ7日後に亡くなったとされています。

(つづく)