ラージャグリハにたどり着いた後、そこでブッダ(お釈迦さま/ゴーダマ・シッダールタ)は数多くの弟子を得ることになります。ブッダ(お釈迦さま)のもたらした教えは、当時の人々に対して大きな衝撃を与えました。時の権力者や有力者をもとりこんだブッダ(お釈迦さま)のそれ以降の流れについて解説していきます。
<ブッダ(お釈迦さま)の旅、そして戒律の制定へ>
ブッダ(お釈迦さま)がラージャグリハに到着し、またそこで教えを広め始めたのは、ブッダ(お釈迦さま)が成道(じょうどう。悟りをひらいて、仏になること)に至ってからわずか4年後のことだといわれています。また資料によってはこの期間はもっと短く、2年程度だったとする説もあります。いずれにせよ、それほど長くない間に、ブッダ(お釈迦さま)はさまざまな人にその教えを説き、導いていったといえます。
時の王をも帰依させ、またその王にとって永劫に続くかと思われた苦しみさえも救われたブッダ(お釈迦さま)は、それ以降、このラージャグリハを伝道の土地とします。もちろんその間にもある程度の移動はしたかもしれませんが、伝道の中心地としてこのラージャグリハが選ばれ、そこで長くとどまることになりました。
ただその間に、ブッダ(お釈迦さま)のひろめた仏教はより広く、より大きくなっていきます。集団が大きくなれば、当然その集団のなかでもめ事が起きたり、より良い方向に行くための見解に相違が出たりするものです。また、今よりもずっと「食べていくこと」が難しかったこの時代においては、ブッダ(お釈迦さま)の持っている寄進された土地やブッダ・仏教の信者に対して寄せられる食べ物は非常に魅力的にうつるものでした。そのため、ブッダ・仏教の教えに帰依しているのではなく、単純に「食べていくため」「生活の困窮から逃れるため」だけにブッダ・仏教の元に行き、人々からの施しに甘んじようとする人間も出てきました。
このような考え方は、仏教の考え方に反するものです。また、修行者ではないこれらの人々を多く取り組むことは、ブッダ・仏教の掲げる精神性や真理の追究心さえもゆらがしかねません。人々を救うため、真理を追い求めるものであったはずの仏教も、このような人々にたかられてしまえば、たやすく瓦解してしまうでしょう。
そこで、ブッダ(お釈迦さま)は4つの戒律を作られました。この戒律は「四十戒(しじゅうかい)」あるいは「四重禁戒(しじゅうきんかい)」、もしくは「四重禁(しじゅうきん)」、「波羅夷(はらい)」と呼ばれるものです(ここではより多く使われている「四重戒・四重禁戒」の表記に統一します)。なおこの四重戒・四重禁戒に関しては、どこでできたかは言及していない資料も多くみられますが、「ラージャグリハにて成立した」としている資料もあるため、ここではラージャグリハにて成立したと考えて解説していきます。
<四重戒・四重禁戒とはどんなもの? 仏教徒が守るべき教えとその内容、罰則について>
ではここからは、この「四重戒・四重禁戒」について解説していきます。
四重戒・四重禁戒は、「仏教徒として守るべき戒律のなかで、もっとも重いもの」を指します。仏教にはさまざまな戒律がありますが、四重戒・四重禁戒はその基本、根源ともなるものです。仏教においてもっとも重要で、絶対に守るべきものだとされる非常に厳格な戒律であるともいえます。
この四重戒・四重禁戒は、以下の4つに分けられます。
1.不殺生
2.不偸盗
3.不邪淫
4.不妄語
ひとつずつ解説していきましょう。
1.不殺生(ふせっしょう)
「殺してはいけない」という教えです。これは仏教に関わらず人間としてもごく当たり前のことではありますが、「人は常に暴力におびえている。人に殺されることを恐れるのであれば、ほかの人のことも殺してはならない」としています。またここでは「不殺生」としていますが、実際には「殺すこと」だけでなく、「暴力をふるうこと」も禁じています。また、自殺を促すような行動も禁止されています。
これは人間に対しての話はもちろん、それ以外の生物に対しても同じように考えるとする説もあります。「必要以上に生物を殺してはいけない」としているのです。
ただ人間は、生きていくうえでは必ずなにがしかの命を奪わなければなりません。動物の肉を食べることはもちろん、植物にも命があります。そのため、ことこれらの生物においては、「殺生そのものを根源的に禁じる」というよりは、「人はほかの生物の命を奪わなければ生きていけないのだから、教えを破らざるを得ないということを常に考え、そのうえで自分が生きている意味をよく考えなければならない」「人はほかの生物の命を奪わなければ生きていけないからこそ、不必要な殺生をしてはいけない」とする考えだとも解釈できます。
※ただし資料によっては、「不殺生」の解説においては「人」のみを取り上げており、ほかの生物に関しては言及していないものもあります。
この「不殺生」という考え方は、現在の葬儀の席においても強い影響を与えています。たとえば葬儀の服装のマナーとして、「蛇皮を使ったものなどは避ける」とするものがありますが、これはこの「殺生」を強く連想させるものだからです。
2.不偸盗(ふちゅうとう)
「不偸盗」は、文字だけを見れば少し読みにくいかもしれません。これは「偸盗(ちゅうとう)」という言葉に、「してはいけない」の「不」を付け加えたものです。
不偸盗とは、「盗んではいけない」「盗むなかれ」とする教えです。これもまた、不殺生同様、人間の根源的な守るべき規律といえるでしょう。
この考え方は、単純に「人の物を盗んではいけない」ということを説くだけではなく、「人から与えられるもの以外を欲してはならない」「人の持っている物を尊重する」とする考え方に繋がります。
3.不邪淫(ふじゃいん)
邪(よこしま)な性的関係を持ってはならない、とする教えです。異性・同性を問わず、不道徳な肉体関係を持ってはならないとする考え方です。またここには、獣と交わること(獣姦)を行わないという意味も含みます。
不邪淫の考え方は、時には性欲そのものの否定にもつながります。かつて僧侶は妻帯しなかった……という歴史からも、それを感じる人がいるかもしれません。しかし基本的には、不邪淫の考え方は、「不倫などに代表される、夫婦以外の人間と性交渉を持つこと」に適用されると考える方が現実的でしょう。実際、仏教の専門施設などでも、「夫婦による健全な夫婦生活は不邪淫に当たらない」としているところが多いように思われます。
4.不妄語(ふもうご)
「不妄語戒(ふもうごかい)」と記されることもあります。
これはごく簡単にいえば、「嘘をつかない」「正直であること」を尊ぶ考え方です。特に、実際には悟りに至っていないにも関わらず、自分を大きく見せようとして「悟りを開いた」などのように言ってはいけないとされています。
これらの四重戒・四重禁戒は、「仏教徒が必ず守るべき規律である」とされています。これに違反したものは厳しく咎め立てられ、追放されることになります。男女の別なく守るべきとされた四重戒・四重禁戒は、のちに、6つの戒律も加えられることになります。
大きな集団へと変化していくなかで徐々に組み立てられていった仏教の規律は、それ以降も長く受け継がれることになります。